Journal : 宙博ジャーナル

物質って、何だろう? 物質を細かく分解していくと、何が見えてくるんだろう? そしてまた、私たちが住んでいる地球、太陽系、銀河系、そのすべてを含む宇宙とは何か? 「高エネルギー加速器研究機構」、略して「KEK」は、極小の世界から広大な宇宙まで、科学の謎に切り込む最先端の研究施設の一つです。今回の宙博ジャーナルでは、つくば市にあるKEKにお邪魔をして、素粒子研究の目的や成果、今後の計画などをおうかがいしてきました。

 

 

KEKは1971年4月、旧文部省直轄の大学共同利用機関の第一号として筑波研究学園都市に誕生しました。加速器のような大がかりな実験施設は、とても一つの大学が単独で所有できるものではありません。そこで国が国費を投じて実験のインフラを整え、いろんな大学の研究者が共同で使えるようにしたのです。現在、筑波には一周3㎞という巨大な加速器「Bファクトリー」と、放射光源加速器「フォトンファクトリー」があり、さらにKEKの東海キャンパスには最新の大強度陽子加速器「J-PARC」があります。いずれも世界最高峰の性能を誇る実験施設であり、さまざまな研究分野で活躍しています。

 

[KEK上空] [KEKB]

 

ところで、そもそも加速器とは何でしょう。何を加速し、何を調べるものでしょうか。KEKの森田洋平広報室長におうかがいしました。

「加速器は、『陽子』や『電子』といった目で見えない小さな粒子を加速する機械です。物質を細かく分けていくと、分子になります。その分子は原子が集まってできているものです。その原子をさらに細かく見ていくと原子核と電子になり、原子核を構成している粒子の一つが陽子です。こういった物質を構成している小さな粒子を強力な電磁波を満たした加速空洞という装置によって光速に近いスピードまで加速し、標的にぶつけたり、粒子同士を衝突させたりして、さまざまな現象を観測するのが加速器なのです」

そもそもKEKの加速器が誕生した背景には、朝永振一郎ら日本の物理学者の活躍がありました。1960年代、敗戦から立ち直りつつある日本では、朝永博士のノーベル賞受賞を契機に、科学分野で世界のトップを目指そうという機運が一気に高まり、欧米に負けない高性能な加速器の建設に着手したのです。科学は理論だけでは成り立ちません。理論を裏づけるためには実験が必要で、そのために作られた最新の施設がKEKの加速器だったのです。

つくば市にある「Bファクトリー」は、現在、世界最高のビーム衝突性能を誇っています。ここでは一周3㎞の加速器で加速した「電子」と「陽電子」を衝突させて、B中間子という粒子を作りだし、その粒子が崩壊する過程を調べるという実験を行いました。詳しい説明はここでは省きますが、この電子・陽電子の衝突実験の結果から、「CP対称性の破れ」という理論が実証され、2008年の小林誠・益川敏英、両博士のノーベル賞受賞につながりました。Bファクトリーはノーベル賞の理論を実証した加速器として、一躍世界に名を馳せました。

 

 

[Belle測定器]

 

 また、つくば市の「陽子加速器」を使って、ニュートリノという粒子を作りだし、250㎞離れた岐阜県神岡にある「スーパーカミオカンデ」に打ちこむという実験が、1999年から2004年にかけて行われました。この実験はKEKのKと、神岡のKを取って、「K2K(K to K)」実験と呼ばれています。ニュートリノは原子よりはるかに小さい粒子なので、地面の中を素通りして、つくばから神岡まで届くのです。

K2K実験では、陽子加速器で人工的に作り出した「ミュー型ニュートリノ」が、スーパーカミオカンデに到達するまでの間に「タウ型ニュートリノ」に変化するという現象を捉えました。ニュートリノが別のニュートリノに変わることを「ニュートリノ振動」といいますが、この現象が起きるためにはニュートリノに質量があることが必要です。スーパーカミオカンデが自然界にあるニュートリノでこの現象を観測していましたが、人工的に作りだしたニュートリノで実証したのはK2K実験が初めてです。

さらに、昨年の春からは、東海キャンパスにある大強度陽子加速器「J-PARC」で作りだしたニュートリノをスーパーカミオカンデに打ちこむ実験が始まりました。東海のTと神岡のKを取って、「T2K」と呼ばれるこの実験は、K2Kをさらにパワーアップしたもので、大量のニュートリノを打ちこむことによって、より精密な観測を可能にするとともに、K2Kでは見えなかった新たな現象を探っていきます。

 

[J-PARC]

 

このようにKEKは、さまざまな加速器を駆使した実験によって、最新の理論に裏づけを与え、素粒子物理学の進歩に貢献してきました。ノーベル賞理論を実証した「Bファクトリー」は、今年6月30日ですべての実験を終了し、現在は休止状態に入っています。今後はパワーアップのための改造を行い、4年後にはふたたび世界最強のビームを使った衝突実験を開始して、誰も見たことのない未知の研究領域へと切り込んでいく予定です。

世界の素粒子研究を加速するKEK、次回の宙博ジャーナルでは、極小世界の「素粒子研究」がどのような形で壮大な「宇宙の研究」に結びつくのか、また、社会や暮らしに役立っているのか、そのあたりを中心にご紹介していきます。

 

写真提供:高エネルギー加速器研究機構

(8月25日 4段落目に訂正および加筆修正)

 

自然を相手にする「科学」と、人々の営みが作りだす「社会」。一見何の関係もなさそうですが、しかし、両者には深いつながりがあるのです。なぜなら、科学技術の革新が人々の暮らしを変え、社会の構造を変革してきたという歴史的な事実があるからです。

たとえば農耕です。農耕は古代の人類が創出した最大級の発明のひとつです。農耕を始めることで、それまで狩猟のために点々と「移動」していた人々の暮らしは、「定住」へと大きく変わりました。そして、農地を中心に村が生まれ、街へと発展し、やがて城壁に囲まれた都市となり、文明が誕生したのです。

18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命、その背景には紡績機械や蒸気機関などの発明があります。しかし、これらの発明の基礎となったのは、「力」や「エネルギー」の謎を解明したガリレオやニュートンなど、偉大な科学者たちの功績でした。産業革命は農地から都市への人口流入を引き起こし、農村を基盤とした封建社会を揺るがして、市民が主役となる近代社会を誕生させました。

最近では、インターネットによる情報通信革命が、社会を大きく変えています。生産者と消費者が直接結ばれることで、流通業界に劇的な変化が起こりました。今後は放送や出版、音楽などのあり方も変わっていくことでしょう。また、メールやツイッターなどの新しいメディアは、人と人の関わり方を変え始めています。この現在進行中の新しい革命がどのように社会を変えていくのか、答えが出るのはこれからです。

そして、未来へ向けて、いま「環境エネルギー革命」が注目されています。産業革命は、石油や石炭を消費する炭素社会を生みだしました。その炭素の消費がCO2の増加を招き、地球温暖化という深刻な事態に発展しています。太陽光発電、超伝導、核融合、スマートグリッドなど、クリーンなエネルギーの利用は、温暖化の進行にストップをかけるでしょう。いや、それに留まらず、これらの技術革新は人類とエネルギーの新たな関係を生み、社会のあり方を根本から変えてしまう可能性を秘めています。

私たちが「宙博」を通じて皆さんにお目にかけたいもの、それは「科学」と「社会」の密接なつながりです。科学の進歩は、人間の純粋な好奇心に基づくものです。しかし、そこから生まれる発明や発見は、技術革新という成果を生み、人々の暮らしに深く関与してきます。一見何に役立つか分からないような研究から、人類の暮らしを激変させる大革命が生まれるかもしれないのです。そんな新しい視点を持って、宇宙や素粒子の研究、環境エネルギー分野の新たな取り組みなどに目を向けていただきたいと思います。そして、そのために、私たちは「宙博2010」の会場を、人類の希望の芽となるさまざまな科学技術で埋め尽くしたいと考えています。

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